大阪倶楽部は、大正元年(1912年)、大阪財界人の社交場として設立された倶楽部です。
1922年、建物は焼失し、1923年に現在の建物が再建されました。
戦災を免れたものの、米軍GHQに接収され荒れ果てましたが、
在阪の企業からの寄付や会員の応援を得て、復興修繕工事を進め、
昭和28年末に完了しました。
会員制倶楽部のため、普段は一般の人は入れず、
時折見学会が開催されます。
指折り数えて、見学会の日を迎えました。
その昔、馬車を停めるのに使った石だそうです。
このステンドグラスのある窓を 内側から見たくて
はるばる来たのでした。
玄関正面にある泉
鬼の目は、翡翠が使われています。
ランチを頂いて、解散となりました。
倶楽部の維持は、会員の高齢化などもあり厳しいものがあるようです。
黄色の色ガラスは、高貴な光を放っていました。
竣工 1924年
設計 片岡設計事務所 安井武雄
所在 大阪市中央区今橋4-4-11
2011.12.24
1922年、建物は焼失し、1923年に現在の建物が再建されました。
戦災を免れたものの、米軍GHQに接収され荒れ果てましたが、
在阪の企業からの寄付や会員の応援を得て、復興修繕工事を進め、
昭和28年末に完了しました。
会員制倶楽部のため、普段は一般の人は入れず、
時折見学会が開催されます。
指折り数えて、見学会の日を迎えました。
その昔、馬車を停めるのに使った石だそうです。
このステンドグラスのある窓を 内側から見たくて
はるばる来たのでした。
玄関正面にある泉
鬼の目は、翡翠が使われています。
ランチを頂いて、解散となりました。
倶楽部の維持は、会員の高齢化などもあり厳しいものがあるようです。
黄色の色ガラスは、高貴な光を放っていました。
竣工 1924年
設計 片岡設計事務所 安井武雄
所在 大阪市中央区今橋4-4-11
2011.12.24